2007年2月12日月曜日

Guillermo Cabrera Infante

■2月下旬にロンドンで亡くなったキューバの亡命作家カブレラ=インファンテ(1929~2005)は、スペイン黄金世紀の巨匠ケベードの風貌にどこか似ていた。しかめっ面に古風なまるい眼鏡、それに短いしゃれたあごひげ。 

ケベードと同じく、ひとつの文のなかに、幾層もの意味をしのばせるのが得意だった。そしてエッセイなどでは、笑いを誘いつつ、鋭く対象に切り込み、言葉の軽業師と呼ばれた。 

カストロ政権を批判し、ロンドンにのがれたのは一九六五年。早い時点でのキューバ革命からの離脱だった。 

亡命後にスペインで刊行された『三匹の悲しい虎』(1967)により一躍脚光を浴び、マルケス、リョサ、コルタサルらとラテンアメリカ文学の全盛時を築いた。1997年にはスペイン語圏で最も権威のある文学賞セルバンテス賞を受けている。 

カブレラ=インファンテの小説の舞台は、たいがい革命前のハバナだった。邦訳のある2つの作品、短編集『平和のときも戦いのときも』(1960)も、自伝的長編『亡き王子のためのハバーナ』(1979)も例外ではない。ちなみに「亡き王子~」は、ラヴェルの曲「亡き王女のためのパヴァーヌ」のもじりで、「王子」には、カブレラ=インファンテ自身の名前も重ねられている(なにしろ王子は、スペイン語でインファンテという)。 

追憶のなかの折々のハバナは、官能と活気にあふれ、きらびやかな夜の街にねっとりと音楽が響きわたり、交わされる言葉がしなやかに身をくねらせる。そしてふっともの悲しげな郷愁が漂うのである。 「彼の描いたキューバはどこにも存在しないのです」とカブレラ=インファンテの妻が、作家の亡くなった日に語っていた。遺体は荼毘に付され、キューバへの帰還の日をさらに待ち続けるのだそうだ。
「朝日新聞」2005-4-12