2007年2月12日月曜日

Juan Carlos Onetti

■ウルグアイの作家オネッティ(一九〇八~一九九四)が亡くなってからはや11年が過ぎた。亡命先のスペインで長く暮らし、そこで亡くなったが、このほどその遺品の一部がウルグアイに里帰りをし、モンテビデオのスペイン文化センターで展示されている(2005年5月のこと)。

オネッティが一九七〇年代の半ばに、スペインへ逃れなければならなかったいきさつは、今も語りぐさになっている。とある文学賞の審査員だった彼は、受賞作に「猥褻な作品」を選んだとして軍事政権に逮捕され、亡命をよぎなくされたのだった。

以来20年近くスペインのマドリードにとどまった。軍事政権の崩壊後のインタビューで、ウルグアイに戻りたくないかと聞かれ、「戻りたくないな。思い出や人びとは懐かしいけれど、あれはもう過去のことで、私も年とってしまった」と答えていた。

今回、帰還を果たしたのは、手書きの原稿や使い込まれたノート、マドリードの寝室を飾った絵やお気に入りの彫像などだ。亡命する前に使っていた机もどこからか出てきたようで、その上にお馴染みの太い黒縁の眼鏡が置かれている。それを見て、オネッティの広い額や長い顔、タバコの煙と苦虫を噛み潰したようなその口もとを思い浮かべる見学者は少なくあるまい。辛辣、無愛想、厭世家で通っていたオネッティだ。

その代表作のうち『井戸』(一九三九)と『はかない人生』(一九五〇)は、日本語で読むことができる。空気のよどんだ薄暗い部屋で夢想にふける虚無的な男たち。彼らの夢想する世界は、精緻で強固だ。そしてやがて強力な磁力を発して、その世界が自律的に動きはじめるのだ。

オネッティは今なお新しい熱烈な愛読者を獲得している。展示会の様子を伝えるホームページは、ドイツ語訳の全集が出はじめたことも伝えている。そういえばスペインでも近く、3巻本の全集が刊行される予定だ。「朝日新聞」2005-5-31