2007年2月16日金曜日

Pablo Neruda

■今年(2004年)は、チリのノーベル賞詩人パブロ・ネルーダの生誕百周年にあたる。スペインやポルトガル、ドイツ、エクアドルなど、さまざまな国でさまざまな催し物が準備されている。むろん故国のチリでも朗読会や音楽会、写真展や絵画展などが開催される。33軒のレストランがネルーダにちなんだ料理を用意するという企画も決まったそうだ。

69歳で亡くなったネルーダだが、生前はでっぷりと太った美食家で、ノーベル賞を受賞したときはフランス駐在大使だった。にぎやかなパーティが好きで、ワインの目利きでもあった。

もっとも若いころは、自作の朗読会などで張りのある低音を響かせて、詰めかけた若い女性フアンをうっとりさせたらしい。そうした折りの十八番【おはこ】は、むろん『二十の愛の詩と一つの絶望の歌』であった。20歳のときに発表したこの愛と官能の詩集は、いまも新しい世代に読み継がれ、いくつもの版が出まわっている。

そういえば先日、ペルーの作家バルガスリョサが、イギリスBBCのラジオ番組で、母親が寝室に置いていたこの詩集を、「子どもが読んではいけません」と厳しく言い渡されたけれど、母親の目を盗んでこっそり読んだのだと語っていた。

そのリョサは後年、太平洋の荒波が打ち寄せるイスラ・ネグラのネルーダ邸に招かれた。詩人はここで船長の帽子を被り、ラッパを吹き鳴らし、魚の絵柄をあしらった青い旗を棹に掲げて、多くのゲストに美味な料理をふるまった。

晩年のネルーダは、目に触れるものすべて、自在に詩に歌った。玉ねぎやレモン、ワインやパンも彼の詩心をそそった。それらを称える作品は『基本的な頌歌(オード)』に収められている。チリの33軒のレストランも、それらの頌歌に思いを馳せながら献立を考えることになるだろう。――パンよ おまえは/小麦粉と/水とでこねられて/火に焼かれて/脹【ふく】れあがる/重苦しそうと思えば 軽やかになり/平【ひら】たいと思えば 丸くなり/おまえはまるで/母親の/お腹【なか】の/まねをする……「パンへのオード」(大島博光訳)
「朝日新聞」2004-7-26