2007年2月17日土曜日

Rosario Tijeras

■昨年(2003年)コロンビアへ行ってきた友人がこの本の原作を届けてくれた。やはり評判どおりのおもしろさで一気に読まされた。ヒロインは美貌の殺し屋であり、一風変わったラブストーリーといえなくもないが、ロマンチックな気分に浸れるわけではない。背後にコロンビアの悲惨な現実があるからだ。

誘拐やゲリラ、あるいは麻薬カルテルで怖い国というイメージが定着してしまったコロンビアだが、むろんそんな恐怖に満ちた日常生活ばかりではあるまい。とはいえ、著者のホルヘ・フランコもあるインタビューで、「この国で誘拐されたり殺されたりするよりは、米国へ行って皿洗いでもしたほうがましかもしれない」と語っているほどだ。

『ロサリオの鋏』の舞台は、麻薬カルテルで悪名をはせた都市メデジンだ。そのスラム街の出身であるヒロインのロサリオ・ティへーラスがそれなりの暮らしを送っているのは、マフィアのために仕事をしている「殺し屋」だからだ。ニックネームのティへーラスは、スペイン語で鋏のことで、彼女の武器と官能を暗示する。ちなみにロサリオのほうは、一般的な名前だが、宗教的な響きがあり、祈りや哀しみを連想させる。

作品はその女主人公が銃弾を浴びる場面からはじまる。冒頭の一文は、しばしば引用され、かなり有名になった――「キスの最中に、至近距離から撃たれ銃弾をまともにくらったロサリオは、恋の痛みと死の痛みとをとりちがえてしまった」。そしてすぐあとに彼女が口にするせりふは、「体じゅうに電流が流れたの。キスのせいだと思ったのに……」

死とエロス、暴力とユーモアをないまぜにしたこうした語り口に、ときおりラテンアメリカ的といってもよい、やや過剰なセンチメンタリズムが加わる。その配合の妙にこの作品の成功と大衆的な人気の秘密があろう。スペイン語圏で三十万部売れたそうだ。

場面の展開はスピーディで、会話のテンポも小気味よい。日本語訳も一気に読まされたが、読んだあと、映画を見たような気分を味わった。良きにつけ悪しきにつけこれがホルヘ・フランコのスタイルである。
「日本経済新聞」2004-2-15