2009年1月25日日曜日

ジュノ・ディアス

■米国で2008年度のピューリッツァー賞(小説部門)に輝いたのは、ドミニカ共和国生まれのジュノ・ディアス。受賞作『オスカー・ワオの短くも凄まじい人生』は、英語の中にときおりスペイン語が混ざる独特の文体で書かれており、エネルギッシュでみずみずしい語り口が作品の魅力のひとつになっている。6歳のときにアメリカに移住したディアスだが、40歳になる現在もスペイン語を流暢に話す。

『オスカー・ワオの短くも凄まじい人生』の主人公は、やはりヒスパニックだが、どこにもいそうなオタク的な若者だ。でっぷりと肥え太り、テレビゲームやファンタジー小説に夢中で、心優しいのだけれど、女の子にはまるでもてない。表面的には、それが彼の最大の悩みである。家でごろごろしていると、姉に叱りとばされる。「髪を切ったらどうなのよ。その眼鏡もなんとかして。運動ぐらいしなさいよ。それからそのポルノ雑誌、捨ててちょうだい。いやらしいんだから。母さんだって目のやり場にこまってるじゃないの。これじゃあ、一生かかったって、女の子ひとりナンパできやしないわよ」

オスカー・ワオの孤独でどこかユーモラスな日常とともに、その母親や祖父たちの過去も描かれる。こちらの舞台は祖国のドミニカ。30年あまり君臨した独裁者トルヒーヨの時代と重なる。その意味では『オスカー・ワオ~』は、ラテンアメリカの作家たちが好んで描いてきた独裁者小説の系譜に連なる作品であるともいえる。現にバルガス・リョサも『山羊の宴』(2000年)で同じくトルヒーヨを主人公に取りあげている。

しかしながら、どうやらジュノ・ディアスにはそうした独裁者小説と一線を画したい思いがあったようだ。ディアスのトルヒーヨはなかなか姿を見せない。しかし確かにオスカー・ワオの不運な人生の根源に存在しているのである。「トルヒーヨという人物が提供する物語は、あまりにも強烈だからね。彼について書くとなると、知らぬ間にその神話化に手を貸すことなるんだ。リョサだってそうなったんだからね」とあるインタビューで答えている。

『オスカー・ワオの短くも凄まじい人生』のスペイン語版は、刊行されたばかりである。英語とスペイン語が交錯する文章は、すべてスペイン語だけになったが、幸いにもすぐれた翻訳で、語り口の鮮烈さはじゅうぶん味わえる。ラテンアメリカの文学にとっても特別な意味を持つ作品になっていくにちがいない。
「朝日新聞」2009-01-10