2009年6月21日日曜日

JULIO CORTAZAR■PAPELES INESPERADOS

■亡くなってから二十五年になるアルゼンチンの作家フリオ・コルタサル。その人気はいまも世界的に根強く続いている。日本では昨年、短編集『愛しのグレンダ』が刊行され、文庫本の『悪魔の涎・追い求める男』も読み継がれている(共に岩波書店)。ユーチューブでは、「追い求める男」のモデルといわれる伝説のアルトサックス奏者チャーリー・パーカーの演奏をバックに、コルタサルの朗読を聞くことができる。長くフランスで暮らしたせいか、そのスペイン語は独特な抑揚で、なめらかに、そして淀みなく続くのである。

そんなコルタサルだが、つい先月(五月)、新たな作品がスペインとアルゼンチンで同時に出版され話題を呼んでいる。コルタサルの最初の妻、アウロラ・ベルナルデスがパリの家の古いタンスの中に見つけた大量の原稿である。引き出し一杯分の原稿が、『予期せぬ原稿』という五百ページほどの分厚い本となった。未発表の短編や詩や随想、あるいは『マヌエルの教科書』や『ルーカスと呼ばれた男』といった長編から省かれた断章、講演や序文の草稿などが並んでいる。その多様なありさまは、コラージュ風の構成を好んだコルタサルの作風を思い起こさせる。コルタサルの愛読者や研究者にとって、まさしく予期せぬプレゼントとなった。

ところで、この本の編纂も手がけたアウロラ・ベルナルデスは、コルタサルの遺言により著作権の単独相続人に指名され、この二十五年間、献身的にその著作の管理と保護にあたってきた。とりわけ数年前に編纂した三巻本の大ぶりな書簡集は多くの人を驚かせた。もともとは翻訳家で、フォークナーやサルトル、イタロ・カルヴィーノなどをスペイン語に翻訳してきた。来年で九十歳になるが、『予期せぬ原稿』の大きなポスターの前に立つ彼女の笑顔は、控えめで初々しい。若い頃のコルタサルとの共訳、エドガー・アラン・ポーの全短編は、名訳として名高い。
「北海道新聞」2009年6月