2010年1月15日金曜日

■Vargas Llosa y Neruda

■南米チリのノーベル賞詩人パブロ・ネルーダは、じつに多様なものを蒐集した。揺籃(ようらん)期本と呼ばれる十五世紀頃の古書、船の舳先(へさき)を飾った木製の彫刻像、七つの海やパリの蚤(のみ)の市で手に入れた見事な巻き貝などなど…。一途(いちず)な情熱でそれらをひとつまたひとつと集めていったようだ。

とはいえ、巻き貝のコレクションはどんどん増え、しまいには棚や部屋からあふれ出してしまい、とうとうその大部分を母校のチリ大学に寄贈した。このほどそれらの貝殻のうち四百個ほどがスペインへ送られ、目下マドリードのセルバンテス文化センターで展示されている。潮騒の音が流れる空間で見学者たちは、さまざまな形や色の巻き貝を眺めながら、かつての所有者であった心豊かな海の詩人に思いを馳せるのである。

晩年のネルーダは、チリの首都サンチアゴから車で二時間ほどのところにある海辺の町イスラ・ネグラで過ごすことが多かったが、太平洋を望む海岸の小高いところに建つ家には、陸に乗り上げた船のおもむきがあったという。そこでときおり宴会が開かれ、美食家のネルーダは、若い作家や芸術家たちに美味な料理とワインをふるまった。ペルーの作家バルガス=リョサも若き日に招かれ、そこここに置かれた蒐集品の数々に感嘆の声をあげたひとりだ。木製の船首像や船の舵(かじ)や羅針盤、色とりどりの瓶や海洋図、マッチ棒でつくった帆船を内蔵したボトルなどなど、「まさしく詩的な空間だった」と述懐している。

天井が低く、ドア口が小ぶりな部屋もあり、船室にいるような心持ちにさせられた。そして詩人は、朝目覚めると、双眼鏡を手にとって、ベッドに入ったまま大海原を行き交う船を眺めた。またときには長く繊細な指で、巻き貝の表面をなで、その神秘的な美しさを愛(め)でた――カリフォルニアから/トゲだらけの骨貝を持ってきた/そのすき通ったトゲは蒸気に包まれ/トゲだらけの飾りは凍った薔薇のようだ/内側の口蓋はピンク色に燃え/肉の厚い花冠がやさしく影をおとしている。(松田忠徳訳)
「北海道新聞」2009-12-22