2010年6月20日日曜日

LAURA RESTREPO

■「サヨナラ」というタイトルにはいささか警戒したが、幸いなことにこれは東洋的なエキゾチズムが売り物の小説ではないのだ。

冒頭近く、川沿いの田舎町に、まだあどけなさの残る少女が、古ぼけたスーツケースを手に現れ、客待ちの車引きに「この町で一番の店」に連れて行ってと頼む――
《「そこで誰が働いてるか、知ってんのか?」と彼は訊いた。「町の女だぞ」
「知ってるわよ、そんなこと」
「つまり、すっごく悪い商売だぞ。ほんとうに行きたいのか?」
「決まってるでしょ」少女はためらわずに言い切った。「あたし、娼婦になるんだもん」》

横長の美しい目をした混血の少女は、やがて娼婦としての第一歩を踏みだし、石油の採掘現場で働く男たちが押し寄せるラ・カトゥンガの女王となる。源氏名は、「サヨナラ」。魅力的な目、東洋的な面立ち、なめらかな肌。男たちは彼女の虜となる。

むろんこれだけの話なら、たとえ警察や資本家の横暴、労働者や娼婦の悲惨の歴史が描きだされても、ごく平凡な小説に終わっただろう。しかしこの小説は、女性記者である語り手の「私」が、車引きや老女将、売春婦たちから集めまわった数多くのエピソードから構成されている。そして断章と断章が相互に影響し合って、サヨナラの数奇な物語を編み上げていくわけだが、ときおり証言者たちの話は微妙に食い違うのだ。

「娼婦にとって、男に惚れちまうほど大きな不幸はないよ」と知りながらも、その運命をたどることになるサヨナラだが、その行く末についても、異なる証言が並び、さらには語り手である女性記者自身にもまた別の「確信」があるというのだ。そしておそらくこの作品を読む者にも。

著者のラウラ・レストレーポはジャーナリスト出身の作家。スペイン語圏の国々で高い人気を誇っている。
「北海道新聞」2010-04-11