2012年9月23日日曜日

マトゥーテ/Ana María Matute

■セルバンテス賞はスペイン語圏で最高の文学賞であるが、今年はスペインの女性作家アナ・マリア・マトゥーテが受賞した。日本ではほとんど翻訳紹介されていない作家だが、語学テキストでよくその作品を見かける。透明感のある平易な文体でつづられた、一群の少年たちが登場するどこか幻想的で悲哀を含んだ短編に定評がある。その端正な文章を読んでスペイン語を学んだ学生は少なくないはずである。


 今回の受賞に合わせるかのように、それらの短編はつい先だって『月の扉――全短編』というタイトルのもとに一冊の分厚い本に編まれた。八百ページを優に超える。その折りのインタビューでマトゥーテは、「最初の短編から現在にいたるまで、私は人びとの失意と喪失感というものを描いてきました」と述べている。

 もっともマトゥーテは、短編だけでなく、いくつかの重要な長編も発表しており、大家族の兄弟たちの葛藤と離散を描いたデビュー作『アベル家の人々』(1948)や、内戦後の傷ついたスペインを浮かび上がらせた代表作『死んだ子供たち』(1958)、あるいは長い沈黙のあとに上梓した架空の王国の物語『忘れられた王グドゥ』(1996)などの作品は、内外で高い評価を得て、ナダル文学賞、プラネタ賞、国民文学賞、批評家賞など、スペインの名だたる文学賞をつぎつぎと獲得してきた。

 あとはセルバンテス賞だけと言われつづけ、本人もそれを気にしていたようで、発表前のインタビューでは「受賞できたらうれしさのあまりそこらじゅうを飛び跳ねるわ。もちろん心の中でね。この松葉杖じゃむりですもの」と冗談まじりに語っていた。マトゥーテはバルセロナ生まれで八十五歳。朝はゆっくり起きて、3時か4時の遅い昼食まで書きつづけているという。「人生は不思議なもの。物語を書くこともそれに似てどこか神秘的な営みだわ」と受賞後に述べていた。
「北海道新聞」2010-12-14